2011年4月7日木曜日

4月6日 石巻での出来事。

今、宮城県石巻市に来ています。
3月11日に東日本大地震以来、後方支援として物資の段取りや支援スタッフの派遣などで上越で活動しておりましたが、現在行っている支援スタッフのコーディネーションが新潟にいるだけでは対応しきれなくなり、現地の人達と打ち合わせをし、さらには現地での支援スタッフのコーディネーションの機能を構築するために入りました。

現地は被災直後の大混乱の状況は脱しておりますが、それでも我々が普段過ごしている日常とは大きく異なっています。

今、入っている石巻の「ひたかみ園」というところは、元々、取り壊す予定だった入所施設で地震の当時は空いている施設でした。そこに被災された障害のある方やご家族が避難されていきて大型の「福祉避難所」になっているということです。(厳密に言えば福祉避難所の指定はされていないのですが)現在、障害のあるご本人とご家族合わせて70名ほどが避難生活を送っています。施設自体は無事でしたが、ほんの数百メートルまで水がやってきて、本当にギリギリのところで難を逃れた場所です。

その大型の福祉避難所は「ひたかみ園」のスタッフの方ももちろん支援に入られていいますが、人手が足りず、福祉系のボランティアが必要で、そのコーディネーションを行っています。今は概ね、人の配置については落ち着きました。あとはこの流れを継続するために仕組みづくりと、キーパーソン探しになります。

全く知らない方が避難してこられていますので、情報が全く無い中の支援になっています。精神障害の方もおられ、大きな声を出したり服薬を抜いて一般の避難所でトラブルになり、こちらに流れてきましたが状態が悪く、入院をされたという方もいます。認知症の方もいます。大変は大変ですが、場の空気としては比較的穏やかな感じです。ライフラインが復旧し、ガソリンの心配も無くなって、事態は一気にいい方向に向かっているように感じています。急性期的な枠組みは超えて、次のフェーズに入っているような印象です。こちらのスタッフの方々は皆さん、非常に優秀です。僕は舌を巻くばかり。いろんなことを、ここから学んでいます。


こちらの支援は、布団を干したり、食事の準備をしたり、不安定な方の話し相手をしたり、物資を運んだりなど様々です。僕は現場のほうではなくこうした支援をスムーズに行うための裏方をしています。ボランティア名簿をパソコンで作って貼り出したり、ボランティアの中からリーダーを決めたり、支援に入りたいという申し出を受け付けたり、メールをチェックしたり、です。電話をしたりメールをしたりが大半です。ただ、電波状況が非常に不安定で、困っています。それ以外は人と会ったりしていいました。一日はあっという間でした。

こちらの方は皆明るく振舞っていますが、職員の方の中でも家を流されたりした方も多く、それでも支えようとする光景に僕も元気をもらっています。

僕は、法人に無理を言って、15日までこちらにとどまる予定でいます。

夜になりつつあります。外はだんだん暗くなり、寒くなりますが、建物の中は暖かく、明るい空気です。全く今後の見通しがつかない人達がたくさんいます。職員の人達はいつまで続くか分からない支援を黙々とこなしています。明日以降も、ボランティアのスタッフがやってきます。その受入のためのルールづくりをここ数日で行います。それができたら、外部の団体への支援の依頼をしてこようと思っています。1時間が5分くらいの感覚です。全く、時間が足りません。



明日のために、今日は早く眠ることにします。